下書きなしで?!
大阪の看板職人の技
「ブッツケ書き」を喰らえ
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突然ですが、クイズです。上の画像の文字は、ある1文字を除いて全てが手書きになっています。しかも、下書きをしないで「筆で一発勝負」で書かれた文字なんです。
この文字を書いたのは、大阪府の泉州地域に住んでいる2人の看板職人。上林修さんとの板倉賢治さんです。
- 上林修(51)
大阪府貝塚市の看板製造業
「サインズシュウ」代表。
- 板倉賢治(52)
大阪府和泉市の看板製造業
「Kカンバン」代表。
- 筆で一発勝負ってホントに?
- 2人で文字を手書きするって
どういうこと? - というか正解はどれだよ!
早く教えろよ!
いろんな疑問がわいてくると思うのですが、まずは時間をちょっと戻して、僕がサインズシュウさんに遊びに行ったところから見てください!
SECTION01
こんにちは。ライターの斎藤充博です。今日来ているのは、大阪府貝塚市にある看板の製作会社「サインズシュウ」です。
どこからどう見てもフツーの看板屋さんにしか見えません。しかし、こちらの代表の上林修さんは看板に下書きをせずに筆で直接書く「ブッツケ書き」という技術を持っているのです。
なんか こういう物が人気あるようなので書いてみました。
駅名標は もっと古いやつは楷書でした。
それっぽい文字になってるでしょうか?
文字が小さいので ちょっと変な文字になってますが、あくまでもデモンストレーションということでご了承願います。#今日の一文字 pic.twitter.com/FG5lURl6BC— サインズシュウ (@signsshu) 2018年1月6日
これができる人は日本に数人しかいないとか。ツイッターも盛大にバズっています。
左がサインズシュウ代表の上林修さん。その隣にいるのが上林さんの古くからの看板職人仲間の板倉賢治さんです。
この2人、どちらも「ブッツケ書き」ができるとか。日本に数人しかいない技術者が石油ストーブでほっこり暖をとっている……。時空が歪みそうだ。
SECTION02
- 今日は『ブッツケ書き』をぜひ生で見せてほしくて来ました。それで……せっかくなのでちょっとしたクイズを作りたいんです。手伝ってもらえますか?
- なんでも書くで!
- 『この中にひとつだけパソコンで打った文字があるよ。当ててみてね』という文章を1文字だけ抜かして書いて欲しいんです。抜けている部分をネットでクイズにしようと思いまして。
- ああー。なるほどな。クイズはみんな好きそうやしな。
- わかった。
話が超早いです。
パソコンの中の文字を一度実物大にします。そこに物差しを当てる板倉さん。
- なるほど。これを見ながら模写するんですね?
- 文字の形そのものを見て写すわけじゃないな。文字の太さだけを気にしておきたいんや。
- ……はあ。なるほど???
ブッツケ書きといっても文字の「マス目」だけは定規と鉛筆で作っていきます。
- せっかくだから、板倉君と書いてみよか?2人が左右に分かれて同時に書く。その方がおもろいやろ?
- そんなことできるんですか?
- できるで!
- ヒャー!お願いします。
上林さんと板倉さん、ノリが軽い!
絵の具の準備をする上林さんと板倉さん。
- このネタ固いなあ。もうちょっとシャブしといた方がええんちゃうか……?まあええか……。
- ネタ?シャブ?
- ネタは絵の具で、シャブしといたっていうのは絵の具を薄めることね。
- なるほど。
板倉さんが急にヤバい発言をし始めたのかと思いました……。ホッとした!
SECTION03
上林さんと板倉さんがそれぞれスタンバイ。2人同時のブッツケ書き、スタートです。
- 『ひ』イヤやなあ。
- 『ひ』むずかしいもんな。
- シュウも『ひ』が嫌いやったんやな……。
*板倉さんは上林さんを下の名前の「シュウ」と呼ぶ。ちなみに上林さんは板倉さんを「板倉君」と呼ぶ
- 『み』もむずかしい。
- 『み』も嫌やなあ……。
- (ゴクリ……)
一発勝負の書き物。なのに2人とも気楽におしゃべりしながらやっています。「むずかしい」「嫌」という言葉が出てきますが、滞りなくスラスラと美しい文字が出力されていきます。どうなってんの、これ?
後ろにあるラジオからは、どうでもいい人生相談が流れてきています。切らなくていいのか、これ。途中で一度上林さんのスマホに電話がかかってきました。それでもぜんぜん動じません。
あくまで自然体で淡々と仕事をしてゆく2人。緊張していたのはそばで見ている僕だけでした。
文字を書き終わるとカッターで余白を切り落として、
完成!冒頭のクイズの正解は「打」でした。ちなみに書くのにかかった時間は15分ほどです。なんというか……神ワザだ!
SECTION04
いやいや、ちょっとまて。興奮してしまったけど、これ、本当にむずかしいの?案外僕が書いたら、そこそこきれいに書けたりして……。
同じ道具を使って書いてみます。しかし、ハタと動きが止まる。文字ってどう書けばきれいに見えるんだ……?
できたのがこれ。なんという貧相さ……。
- なんかリアルなダメさがありますね。
- うまいやん。
- うまいうまい。なかなかそこまで書けへんで。
- く~~~。
- なんで『いし』なん?
- 画数が少ない方が書きやすいかと思って……。でも、バランスがとりにくくなるのか……。
板倉さんがサラっと同じ文字を書いてくれました。
- なんでこんな均一な線が引けるんだろう……。
- 斎藤君は筆の太さを活かし切ってないんやね。毛を全部使って書けば線が安定する。
- 毛を全部使う……。
毛を全部使うことを意識して、さらに板倉さんの書いた文字を参考にしながら、もう一度トライしてみたのが右上の「いし」。
- おっ!ちょっとよくなりましたよね?『い』なんて中々では?
- うまいやん!書き方が完全にバレたな!(笑)
- なーにが『日本で数人しかできないブッツケ書き』や!誰でもできてしまう!(笑)
コラ!2人とも安易に褒めすぎ!いっておきますが、これ全部大阪のジョークですからね。書いてみるとわかるんですが、板倉さんの書いた文字は本当にすごいです。線のどこの部分を見てもきれいだし、全体のバランスがいいんです。
SECTION05
- なんでこんなにきっちり書けるんですか?参考にしている書体があるんですよね?
- 基礎になってるんはナールやな。
- ナール?
ナールとは、ゴシックの1種。デジタル化されていないために、現在パソコンでは使えない書体なんだそうです。
- ナールは全部ええねん。ナール以外のゴシック体ってどっかおかしいところがあるけど、ナールには直すところが1つもない。
- 書体に『おかしいところがある』って感覚、全然わからない……。
- 今のゴシック体全般がおかしいから、そう思うのも仕方がないのかもしれんな。だいたい、最近のゴシック体は線に強弱つけすぎる。それ、本来は明朝体でやることやからな。
- そういうもんですか……?
- ナールの話をつまみに一晩中酒が飲めるで。
- 飲めるな。
出た!マニア特有のやつ。本当に好きなんだ……。
- ちなみにナールを使っている物って、そのへんで見ることができますか?僕も見たことあります?
- 阪急電車の駅の看板がそうやね。阪急の看板がいいっていわれるのは、ナールを使ってるからやろうな。
- 阪急!乗ったことあります。ちなみに……駅の看板をブッツケで書くことって、できますか?
- やってみよか?
SECTION06
気軽な感じでやってくれる上林さん。適当な大きさのボードを阪急風の紺色に塗りまして、
今度は2人で同じ物を書いてもらいます。
書き始めて20分ほどで完成しました。すごすぎるでしょ!
上林さんが書いた物と板倉さんの書いた物って、ちょっと違うのがわかります。1番わかりやすいのは「みなみかた」の真ん中の「み」でしょうか。
でもそれは「生身の人間が作っている」ということの証明ですよね。おいおい、見ていてゾクゾクしてくるぜ……。
ちなみに「じゅうそう」と「そうぜんじ」の文字の大きさが違うのは、最初のマス目の大きさを変えて作ったからだそう。自由自在ですね。
SECTION07
- そもそもの話なんですが……。なぜお2人ともブッツケ書きをしているんですか?下書きくらいすればいいって、ふと思ったんですが。
- もちろん下書きはしたほうがいい。でも、ブッツケ書きの方が速いねん。
- あっ……。そうか。単純に生産性の問題なんですね!
そもそも2人は看板の「製造業者」なのです。アーティストではありません。生産性はホント大事……。生産性が少ないともらえるお金が少なくなるから……。この点、ライターも同じなんでよくわかる!
- 看板職人が仕事を覚えると、今度は手順をどんどん省いてくようになる。その過程で下書きが無くなってくる。それが『ブッツケ書き』。
なんか剣豪みたいな発言です。剣を極めすぎて最終的に「無刀に至る」みたいなやつ。あれ、看板製造の世界でもあるのか。
- 二十歳過ぎくらいのころは看板屋の社長や先輩から『お前の歳でこれだけ書けるやつはおらん』っていわれていて。思いあがっていたな。そしたらそこで一つ下のシュウと出会って。ショック受けたなー。『おるやん! おれくらい書けるやつ、おるやん!』って(笑)。
- おれも板倉君見て『書けるやつおる!』って思ったで。
- それ以来、ずっと触発されてる。そういう刺激がなかったら、辞めてたな。
ライバルというか、バディというか、ラブラブというか。孤独なライター業界には一切ない連帯感。うらやましいな、このおっちゃんたち!
SECTION08
- 道具にはなにかこだわりがあるんでしょうか?
- 普通の道具。紙とか布に書くときは水彩絵の具かな。
- なんでも使うけどな。書く場所に応じてペンキも使うし。
- 普通だ……!
- すると筆も普通のやつですか?
- ゴシック体を書くときはゴシック筆。楷書を書くときは面相筆を使うな。
- 1枚の看板にゴシック体と楷書があるとき、シュウは筆持ち替えるのが面倒やからって、両方ともゴシック筆でやってるときあるやろ。
- (笑)。確かにな!
全部普通に売られている筆です。ちなみに、今日板倉さんは上林さんの道具で書いていました。ぜんぜん筆を選ばないようです。
SECTION09
- そもそも普段のお仕事では、ブッツケ書きだけをやっているわけじゃないですよね?
- 看板全般なんでもやる。ネオン看板も、カッティングシートも全部。ブッツケ書きというか、手書きをする仕事なんて、ほんの一部やね。
これは上林さんの仕事例。
こちらも上林さんの仕事例。なんというか、街中に普通にある看板だ……。
こちらは板倉さんの仕事例。
これも板倉さんの仕事例。これを見て「すごい人が作った」と思う一般人はいないでしょう。でもそれが、仕事。
- 看板を作るのは楽しいな。作った物が街中に残るし。
SECTION10
- 看板屋さんのことなんて今まで考えたことなかったんですが、製造したものが街にどんどん残っていって、それをみんなが毎日見るっていうのは、すごい仕事なのでは……?
- うん。もしも看板屋がいなくなったら、街並みが全部気持ち悪くなるよ。現場を見てバランスを調整するのは、普通の人にはむずかしい。
- バランスを見る目があるっていうの、さっきのブッツケ書きですごくよくわかりました。
- 『看板なんて誰にでも作れる』って思っているかもしれんけど、意外と間違いも見る。『S』とか『8』なんて文字が逆に取り付けられていることもあった。自分の目でちゃんと見れば、おかしいってわかるはずなんやけど。
- ああ……。そういうの、僕やりそうですね。間違いなくそういうタイプです。
- 意外と世の中の人たち『見た目』に甘いのよ。電柱なんて傾いているものやけど、それを基準にすると看板がいがんでいるように見える。そういう周りの風景も合わせて、おれたちは考えるからな。
なるほどー。製造しているのは看板ですが、作っているのは街の風景そのもの、と言えてしまう。ものづくり、奥が深いぞ……。
- バランスを見る目って、僕でも身に付くものですかね?もう遅いかな……?
- たとえば……弟子志願の人でも、一緒に街歩いていたらわかるな。
- 歩くだけで?
- 前だけ見ているやつはあかん。街並みが気になってキョロキョロ見れる人がええな。おれとシュウが街中を歩いていたら、ぜんぜん前に進まへんからな。看板が目に入るたびに立ち止まって、話をして(笑)。
- あれ?それだったら、僕もわりと適性はありますね……?あんまり前見てないです。
街を作る人たちにとって、街中は展覧会みたいなものなんだと思います。街のおもしろさって僕もちょっとはわかるような気がするんですが、それって最終的には上林さんや板倉さんの感覚に通じるものがあるのだろうか……?
SECTION11
- 手書き看板の仕事はかなり少ないとさっき聞きましたが、逆に今の時代に頼まれる理由ってなんでしょうか?
- 手書き文字は古くなったときに味が出てくるのがいいんやね。カッティングシートは安くて手軽だけれども、古くなったときにどうしても汚くなるから……。
上林さんの仕事。確かに古くなって味が出ていますね……。
- わかる気がします。僕、ファストファッションのストレッチジーンズを1年くらい履いていたら、ベロベロになっちゃったことがあるんですよ。でも、昔からある固くて重たいジーンズだったら、古くてボロボロでも、かっこよくなりますよね。
- そうそう。それは全く一緒の話。
- すると、お店を長く続けたいなら、手書きの看板の方がいいってことになりますね?
- そう。もしもその店が10年とか20年、長く続いたら、自分が補修しに来ることになる。次に会いに来るときに『かっこよう味出とるようにな』って思いながら書いてるからな。
- (これは看板に込められた『祈り』だな……)
- 逆に、とにかく立ち上げが重要なら、安上がりなカッティングシートを勧める(笑)。そういう場合は正直、予算もかけられんやろうし(笑)。もう、その辺の雰囲気は、話が来た時点でなんとなくわかるねん。
- あとな。それとは別に、手書きじゃないとできないような場所もあるからな。シャッターや鉄扉、土蔵の壁なんて案件もあった。
- こういうのは、お客さんも安く上げようとして、一度失敗していることが多い。向こうから『手書きで』って注文してくる。
サインズシュウさんの入口に付いているビニールシャッター。これは手で書かないとすぐにはがれちゃうんだそうです。
- 手書きの案件は減っているけれども、小さい需要をどんどん見つけて、ブッツケ書きはやっていきたいな。ちょっとムリヤリにでも勧める(笑)。書かないと下手になるし、やっぱり好きやからな。
お客さんの気持ちに寄り添ったり。場合によっては本心を見抜いたり。ときには一緒に失敗をしたり。そんな中で自分がやりたいこともキッチリ通してゆく。こういうのって小さな会社ならではの親密感かも……。
大阪のおっちゃんたちのブッツケ書き。神ワザみたいに見える技術ですが、看板製造業者の技術のほんの一端でした。
看板だけじゃなくて、標識、電信柱、道路……。僕たちが街中で目にしている、いろんなもの。それを作っている人は長年の経験でつちかわれたすごい「目」を持っている。そんな人たちが町の工場で普通に働いている。
そう考えると街中って激アツだし、製造業って激ヤバだよな。
ところで、お気づきでしょうか? この記事の小見出しの中に上林さんがブッツケ書きした文字が2文字だけ使われていることを……。ぜひ探してみてください。(小見出しに使われている全ての文字の中で2文字だけが手書きです)
正解は
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でした! サインズシュウさんのツイッターは@signsshu。シュウさんはこれからもブッツケ書き動画をアップしてくれるそう。板倉さんも触発されて、@K__KANBANでつぶやいています。ぜひフォローしてみてください。
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